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連続ブログ小説「万年筆のある風景」No.002 文具店

連続ブログ小説「万年筆のある風景」

【朝は電車が混むので、座らない方が良い。】
有希は、モレスキンのノートにパーカーの万年筆でそう記し、ページを閉じた。
座ってしまうと、立っている人に申し訳ない気持ちになるし、出口から離れてしまうため、降りるときに四苦八苦してしまう。
車内アナウンスで、次の駅が目的地だと車内アナウンスがあり、降り口は左だと知らされた。
もう一度手帳を取り出し【降り口「左」】と記入した。
駅を出て、5分ほど歩けば職場だ。
始業時間は9時だが、死んだおばあちゃんに言われた通り、有希はできるだけ早めに出勤するようにしている。
お前はバカなのだからみんなより早く行って掃除をしなさい。と言われていたのだ。
おばあちゃんが言ってくれた言葉だから、バカという単語は彼を傷つけるものではなかった。
それに、もしも電車が何かの原因で遅れることがあったら余裕を持っていないと遅刻してしまう。
遅刻は絶対にダメだとおばあちゃんが言っていた。そのことも何冊か前のノートに何度か書いていた。

勤務先である小さな商店街の文具店の通用口。
警備を解除するボタンを押すと「キーを操作してください」と電子音声が流れる。
社員証を当ててみたが電子音は鳴り止まず、有希は焦ってしまった。
「えっ?あっ!」
鼓動が早まって冷や汗がでた。そうだ、社員証じゃなくて、セキュリティーキーをかざすのだった。そう言えば昨日もこの動作をしていた気がする。
しかし事件にはなっていないので、ノートに書くまでもあるまい。

「おはよーす」床を掃除し、ショーケースを磨いていたら、バイトの小野田さんがやってきた。
小野田さんは自分より随分年上だが、夢を追いかけているためアルバイトをしている。
夢を追いかけている関係上、急な休みなどが必要になるためフリーターという身分に甘んじているのだそうだ。
「有希、こないだのあれ、発注してくれてる?」
「こないだのアレですか・・・・。」
ポケットから手帳を取り出し、「小野田さん」というインデックスをめくると、「PA、化=インクの→14」と書いてあった。
パーカー万年筆とインクを一緒に収納できる化粧箱を発注しておいて欲しいと言われ、→は発注したことを意味し、14は納品日を意味している。
「昨日納品されてるはずです。」
「あ、そう、サンキュー」
果たして小野田さんのいう「こないだのあれ」と、自分が思う「こないだのあれ」は合致しているのか。おそらく70%の確率で合致しているはずだ。
掃除を終えると、ネット通販の注文の受け付けを始める。そろそろクリスマスプレゼント用のご注文が入ってき始めた。
クリスマスには、彼氏の智広がいつもターキーをリクエストするが、毎年用意しているのは、実は普通のチキンの丸焼きなのだった。
こういった点では智広は自分よりバカで可愛いと思うが、それをバカにしたりするとまた面倒なことになるため、秘密にしているし、手帳にも書かないでいる。
「クリスマスのメッセージカード、今日は12枚必要ですけど、足りますかね。」
小野田さんに聞くと、「余裕余裕。」といいながらさっき届いたダンボール箱を開けていた。
「クリスマスかあ。あっという間に年末だよな。有希はクリスマスは?彼女と?」
「ええ、まあ。」
彼女ではなく彼氏だということ、しかもものすごいマッチョだということは職場の人には言わないようにしている。
「クリスマス、じゃあ休むの?」
「いえ、別に。仕事終わってからでいいです。」
「へえ。じゃあ俺、休んじゃおうかな。クリスマス。」
小野田さんは、前の奥さんとの間の子供と会おうとしているのかもしれない。でも余計なことは言わないでおこう。

有希の勤める文具店は、法人用の事務用品の注文が多かったのだが、最近はネットですぐに届くし品揃えも良いため、どんどん得意先が減ってきた。
そこで若社長が、うちもネット通販をやるのだと言い始め、色々覚えることが増えた。大体覚えたはずだが、まだイレギュラーな時の対応が苦手だ。
「小野田さん、インクを青にって変えられるんですか。」
「え。ボールペン?」
「はい」
「できるよ。無料でいいよ。」
「わかりました。」
【ボールペン、インクの色、青。可(無料】と書き記す。

書かなければ忘れてしまうので、有希にとって書くことは話すことよりも大切だった。
特に感じたことや思ったことは、書き留めておかないと、とても不安になる。
仕事を覚えることよりも、自分がどのように生きているかの証拠残しが大切だと思っている。

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